2024/04/14

デジタル民主主義というタイトルで、オードリー・タンさんが対談しているYouTube動画を見た。その中で、タンさんは、デジタル時代に、民主主義は危機を迎えていると言っている。SNSは世界のポーラライズを加速させる方向に作用しているし、何よりAIの台頭は脅威。フェイクが根拠のない嘘を語る動画を簡単に作ることができてしまうし、それはあまりにも精巧なので、本物かどうかを判断するのが困難になっていると。
タンさんは、そんなデジタル時代だからこそ、生身の肉体を持った、本物の人間と直接会って話すことが大事だと言っている。アバターやAIがどれだけ精巧に会話しても、それは、ロボットがジムに行って体力(ロボット力?)をつけているのと同じで、人間にとっては意味がない。筋肉は自分で鍛えるものであり、対話もそれと同じだと。その意味で、本物の人間と直接会って話すことを「市民の筋肉」だと言っている。
そんな動画を見た頃、「ほぼ日」で糸井さんが、谷川俊太郎さんとのお別れの会で、あいさつにこんなことを言ったという内容を読んだ。糸井さんは、生前の谷川さんと何度も対談して、とても楽しい時間を過ごしたとのことだが、言葉のやりとりだけで、一度も谷川さんの生身の体に触れたことがなかったことに思い至り、同じ時を過ごしたにもかからわず、生身の身体どうしの接触がなかったことが、かえって不自然なことだったのではないかと思ったとのことだ。
糸井さんは、肉体と言葉、タンさんは、人間とアバターの文脈で語っているが、どちらも身体という人間の基本に立ち返って考えたり感じたりしようと言っている。デジタル時代は、0と1の流通する時代。0と1は言葉や映像を究極的に抽象化したもの。だからこそ生身の肉体を持った人間であることが重要になるという事なのだろう。そういえば、OpenAIのサム・アルトマンも、仮想通貨WorldCoinで、生身の人間の証拠として、虹彩を登録するための銀色の装置を作っていたな。AIの時代は同時に、身体を持った人間であることの価値が高まる時代なのだろう。
2025.6.22.日
写真:WorldCoinの虹彩スキャン装置