
AIの翻訳が実用化されて、もはや外国語を学ぶ意味がなくなったという意見も聞く。AIがほとんどすべての言語を正確に翻訳してくれる時代、本当に外国語を学ぶ価値はないのだろうか?
私の答えは「価値はある」だ。AIが外国語を瞬時に 翻訳してくれる時代になったからと言って、外国語を学ぶ意味は失われていない。今迄、多くの人にとって外国語を学ぶ目的は、外国の人とコミュニケーションするためだったと思うが、それはAIが翻訳してくれるので、その目的で外国語を学ぶ意味ははっきり言ってなくなった。でも、外国語を学ぶ最大の意味は、異なる言語を学ぶことで、今の自分と異なる考え方、異なる感覚、異なるものの見方を学ぶ点にある。コミュニケーションよりも、こっちの意義の方が大きいと、AI時代になる前から思っている。
先日、”spectator”という言葉が出てくる英語ニュースを聞いた。聞きなれない言葉だったので調べてみると、主にスポーツ観戦をする観客のことだとわかった。でも、観客と言えば、”audience”という言葉があるな、と思って、AIに、どう違うの?と聞いてみたら、spectatorは、主にスポーツなどを見物する人、audienceは主に音楽や演劇などを見に行く人、と言うことだった。ニュアンスの違いとして、spectatorは、スポーツやパレードなどを見守る、目撃する感じの観客、audienceは、芸術的なパフォーマンスを一緒に体験する感じの観客、という違いがあると教えてくれた。
でもこの、スポーツを観戦する spectatorというワード、ちょっと腑に落ちない。ナゴヤドームでドラゴンズの応援をするときには、選手のパフォーマンスに一喜一憂するし、応援は、それこそ1塁側全体が一体となって、声を合わせて選手それぞれの応援歌を歌う。これは「見物」などという生易しいものではなく、音楽フェスで盛り上がる人たちとほぼ同じノリの、audienceな人たちという方がふさわしい。と言うか、選手のプレーより、応援そのものが楽しくて球場に足を運ぶプロ野球ファンも多いのではなかろうか。そう思って、AIに、日本のスポーツ観戦はspectatorではなくて、audienceなんじゃないの?と言ってみたら「その通りですね」と同意してくれた。
ちなみに、TVでメジャーリーグの中継を見る機会も増えたので、たいていわかってくれると思うが、欧米でのスポーツ観戦は、集団での応援などはなく、基本的には選手のプレーを見て楽しむ”spectator”タイプのものが多い。とは言っても、欧州や南米のサッカーの試合はまた別で、命がけで応援するタイプのサポーターの人たちもいたりして、一概に見物して楽しむ人たちばかりではない。観戦とは、多分に文化的なものだとわかる。
ちなみに、ゴルフの試合の観客には、gallaryという専用の用語があって、選手がプレーに集中するために、特別な静粛性とマナーが求められ、また広いコースで行われる競技のため、選手について回る観戦スタイルは他のスポーツにはない。同じスポーツ観戦ではあるが、ドラゴンズの応援とは全く異なる体験なので、別の言葉があるのも当然のことと思う。
2025.12.20
AI考その9、英語考その5
画像:ChatGPTに、以下のプロンプトで描いてもらったイラスト
「プロゴルフの試合で、選手がアドレスに入ったとき、”Quiet Please”の縦長の札を掲げて、ギャラリーに静粛を促す大会スタッフのイラスト」
これでで、かなりいい線のイラストを描いてくれたが、選手がギャラリーの方向に向かってボールを打とうとしていたので、以下のプロンプトでグリーン上のシーンに変更してもらったもの。
「スタッフのイメージはとても良いが、ゴルファーを見ると、ギャラリーのいる方向にボールを打ってしまいそうな絵になっていて、不自然なイラストになっている。選手はグリーン上でプレーしているように見えるので、ゴルファーがパッティングをしているイラストに変更してほしい。 」
Gemini_NanoBananaもそれなりだったが、ChatGPTのクオリティの方が圧倒的に高かった。

