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役に立たないこと考・その2 〜 オカザえもんと巨大加速器

time 2019/04/28

 愛知県岡崎市のご当地キャラクター「オカザえもん」の生みの親のデザイナー、斉と公平太さんが、「美の二重基準」ということを言っていた(2019年3月1日の中日新聞に掲載)。二重基準とは、美術の専門家の世界の基準と、それ以外の一般の人の基準の2つができている、と言う問題である。その例として「ヘアリボンの少女」の話が紹介されていたのだが、それは、1995年に東京都現代美術館が、リキテンシュタインの作品を6億円で購入するために、東京都議会で議題にしたとき、議員の一人が、「漫画に6億円」と言うヤジを飛ばして物議をかもした、という話である。

 そのヤジの物議とは、片方では、美術品の価値もわからず、また調べもせずにヤジを飛ばした都議会議員への非難であり、もう片方では、都議に賛同して、見た目は漫画のように見える1枚の絵に6億円もの公費を使ってよいのかと言う庶民的な意見があり、その2つが折り合わずに議論となったということである。美の二重基準問題が象徴的に現れた事例だと思う。どちらの言い分にも一面の真実があるので、簡単に決着のつくような問題ではないとは思うが、少なくとも、ヤジを飛ばすなら美術品の価値について調べてからにしたほうがよいだろう。斉と公平太さんは、デザイナーなので美術側の人ではあるが、自分自身は芸術家側の枠内でしか美術を語ってないのではないかという反省があると言い、ご当地キャラにはその「枠」を超える面白さがあると言っていた。

 二重基準の問題は、美術の世界に限った話ではない。科学好きな人なら最近ニュースになった、ILC(International Linear Collider:国際リニアコライダー)の話題を思い出すだろう。ILCとは、素粒子・宇宙物理学の分野の研究者が作りたいと思っている超大型の実験装置であり、実現には8,000億円もの費用がかかると言われている。これまで素粒子実験に使う巨大な加速器は、アメリカ・ヨーロッパ・日本が別々に作って実験していたが、衝突させたいエネルギーが大きくなるにつれて装置も巨大化し、とても1国の予算で賄えるレベルを超えてきて、国際プロジェクトとして開発する話になってきたものだ。しかしながら、このご時世、巨額の費用がかかること、費用に見合った成果とは何かと言う問題などから、各国が規模の縮小を表明する中、日本に誘致する話が大きくなりつつあった時に、日本の文科省も日本に誘致はしないと発言し、ちょっとしたニュースになったものだ。

 上の文中の「このご時世」には、多くの意味が含まれている。日本を含む各国の財務状況、某アの付く国の科学者の天敵である大統領の言動、テロや災害、環境問題や貧富の差など、待ったなしに対処しなければならない課題が山積しているこのご時世、を短縮してこのご時世と表現した。そのような状況で、宇宙の神秘を解明するためとは言え、明らかに役にたたない巨大な装置には、国民の多大な血税は使えない、というのが文科省が出した結論なのであろう。自分もこの国に税金を払っている一人として頷ける部分もある一方で、そんなことにお金払えないよね、だけで済ませたくないとも思う。この宇宙はどういう仕組みになっているのか、という疑問に答えるための努力に対して、なんらかの寄与はしたいものだという思いもある。

 ノーベル物理学賞をあいついで受賞した、益川さんと梶田さんの対談番組を見た時、お二人とも、その研究が私達の生活にどのように役に立つのか?と言う質問には、「役にはたちません」と答えていると言っていた。目に見えないニュートリノに質量があることがわかっても、我々の生活の役にはたたない、それはその通りではあるが、同時に梶田さんが言っていたように、知の領域の拡大や、世界に対する認識の広がりへの貢献は計り知れない。科学者もまた、芸術家と同様に2重基準の問題を抱えていることを自覚しているし、自覚しながらも「知」への飽くなき追求に価値があると信じている人たちである。自分もブラックホールの画像を初めて見た時には、今までにないワクワクを感じさせてもらって、プロジェクトチームの人たちには感謝している。科学も芸術も、役にたたないからこそ大事にしなければ、と心から思うのである。

2019.4.28(日)
写真:オカザえもん(Wikipediaより)

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Toshi's Profile

会社員(製造業・雇用延長)。元SE、元大学非常勤講師、元ロルファー。DIYと散歩とメモが趣味。サウナとゴルフも最近趣味に追加。Moleskineを持ち歩いている。愛知県岡崎市在住。
toshi@ueba.sakura.ne.jp
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