2024/04/14

いくつか好きなシーンがある。俊寛の足摺や忠度の都落ち、宇治川の先陣争いなどの名シーンは、千年前にタイムスリップして、琵琶法師の語りを聞いてみたいと思う。でも、中でも、那須与一のシーンはとりわけいい。以下、少し話を紹介する。
屋島の戦い(現在の香川県高松市近辺)の折、海上に停泊中の平家の小舟から、着飾った若い女性が、金箔の日の丸が描かれた扇を竿の先に取り付け、陸の源氏に向かって手招きをした。多分、AKBの前田敦子が敵を挑発するような投げキッスをした、と言った風情だっただろうと想像する。それを見た義経が、家来の中からその扇を射落とせる人材を探し、那須与一が指名される。与一は、当代きっての弓の名手だったが、だからこそ、的との間の距離や、的の大きさ、舟の揺れ具合、などから見て、冷静に「こりゃ無理かも」と思ったのだろう、最初は義経に、「できません」と言う。義経は怒って、「ヤル気のない奴は帰れ」と叱咤し、与一は決死の覚悟をして引き受ける。そして、与一が神に祈って放った矢は、見事に扇を射落とした。その時、彼の見事な弓の技に、敵味方なく拍手喝采した、というのが、超短縮版の那須与一の名シーンである。
ここで、矢を射て、見事に的の扇に命中するところはハラハラ、ドキドキのクライマックスシーンで、もちろん大好きである。しかも、その描写が、淡々と時系列に出来事を並べていて、変に登場人物の気持ちを代弁したりしてないところがよい。与一が矢を射る直前に神に祈るシーンがあるのだが、それも、彼の語りとして、八百万の神様の名前が並べてあるだけのようなもので、それが却って迫力を増している。しかも、祈り終わると、風が弱まり、的を撃ち落としやすそうになっていた、と言うあたりも心憎い感じだ。
しかし、私がもっと好きなのは、そのクライマックスより少し前、義経と与一のやり取りの部分なのである。義経は会社で言えば取締役クラスの幹部であり、与一は、平家では弓の名手としての職人だが、会社のアナロジーで言うと、社運のかかったプロジェクトを任されるプロジェクト・マネージャ(PM)といった役所に相当する。役員から、危なそうなプロジェクトを、「やってみよ」と言われ、冷静に考えて、「無理です」と言ってはみるものの、「できなきゃ首」と言われて決死の覚悟で引き受ける。といったやりとり、多分、会社の中で、実際に時々見られるシーンのように思うのだ。千年近く昔からそんなことがあったのだなぁと思うと、義経も与一も、とても身近な人のように感じる。
最終的には、与一のように、プロジェクトが成功して、敵も味方も拍手喝采、そんなふうにプロジェクトが終われば言うことはない。しかし、実際には戦いの途中で倒れるPMも居る。プロジェクトが赤字化して、降板なんてことも珍しくはない。きっと、人知れずこの与一の名シーンを心の糧としているPMも、居るのではなないかと思う。
2012.5.30(水)
写真:那須与一 Wikipediaより