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名前考・その4 〜 本当の名前

time 2021/01/09

 万葉集の巻頭歌は、雄略天皇が、野原でハーブを摘んでいる女子をナンパする歌で、美しい娘に一目惚れして「家はどこですか、名前をおしえて!」と迫っている場面を詠んでいる。古い言葉では、「家告(いえの)らせ、名告(なの)らさね」と書くらしい。解説(カドカワ・ビギナーズ・クラッシク)には、こんな解説がある。「古代、名にはそのものの霊魂が宿っていると考えられていた。だから、名告(なの)りは重要なことで、男が女の名を尋ねるのは求婚を意味し、女が名を明かすのは承諾を意味した。」

 そこだけ読むと、天皇は肉食系だったみたいだが、そうでもなくて、解説の続きには、「早春、娘たちが野山に出て若菜を摘み食べるのは、成人の儀式でもあったという。」とあるから、一種のお見合い、と言うか、天皇が后を選ぶための行事的な側面もあったのかもしれない。

 それにしても、自分の名前を明かすことが、結婚の承諾だったと聞くと、なんだか名前がとても重要なもののように思えてくる。そう言えば、ジブリの名作、千と千尋の神隠しでも名前が重要なテーマの1つになっていた。千尋という名前の少女が異世界に迷い込み、厳しい世界でも前向きに生きゆく中で、人間的に成長してゆく物語だが、その前半、千尋が湯婆婆と契約するときに、こんなシーンがあった。契約書に鉛筆で書いた萩野千尋という名前の、「千」以外の文字を、湯婆婆が魔法を使って剥がして、お前の名前は千だと宣言する。本当の名前を奪うことで、契約に支配されたことを象徴的に描き出している。

 また、ラストシーン近くでは、龍の姿をしていた青年が、千尋のことばをきっかけに、川の神様だった自分の本当の名前を思い出すシーンもあった。「私の本当の名前は、ニギハヤミコハクヌシだ。」この川の神様も、何らかの理由で湯婆婆のところに居たのだが、本当の名前を思い出したことで、契約を解消して異世界から元の世界に戻ることができるらしい。

 ネット社会では、その人を特定するのに「ハンドルネーム」を使う。それは、顔のわかる近くの人だけでなく、地球の裏側の人ともコミュニケートする可能性があるという理由もあるかもしれないが、実世界の本当の名前をネットに出したくないという気持ちもあるのではないか。だから、基本的に本名の登録が必要な facebook などが逆に流行ったりする。台湾のIT大臣、オードリー・タンは、その名前ももちろん有名だが、そのハンドルネーム「Au」の方がネット上では親しまれていて、Auさんがネットで発言することを、「降臨」と呼んだりするのだそうだ。単純なアルファベット2文字が、多くの物語を伴って、その人の本当の名前として親しまれる人、ちょっと憧れる。

2021.1.9(土)
写真:元ネタにした本・万葉集・Au・千と千尋の神隠し(自宅にて撮影)

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Toshi's Profile

会社員(製造業・雇用延長)。元SE、元大学非常勤講師、元ロルファー。DIYと散歩とメモが趣味。Moleskineを持ち歩いている。愛知県岡崎市在住。
toshi@ueba.sakura.ne.jp
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