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エントロピー考・その2 〜 伝統の技とエントロピー

time 2019/09/06

File source: http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Federer_RG13_(62)_(9410842993).jpg

 健康のため、週に1回テニスを楽しんでいるが、初心者と上級者では、動きの精度がずいぶんと違う。初心者はボールと自分の間合いが一定せず、無駄な動きが多いが、上級者になるほど、動きに無駄がない。敬愛するロジャー・フェデラー選手のプレーをテレビで見ると、とても簡単に打っているように見えるにもかかわらず、とてつもないスーパーショットを放ったりする。その動きは、1mmの隙もないように見えて美しい。

 能のような伝統芸能の動きもまた、非常に制約された体の使い方で、奥深い世界を表現している。世阿弥の時代から受け継がれた、制御された無駄のない動き、乱雑さとは正反対の、エントロピーを極限まで低めた美しさを感じる。

 エントロピーの定義は、S = klogW。kはボルツマン定数と呼ばれる定数で、Wは系のとりうる状態の数。つまり、エントロピーとは、状態の数の対数のこと。テニスの例で言えば、飛んでくるボールをどんなふうに打ち返してもよいのだが、体の動かし方やラケットの使い方を含めて、無限の状態の中をさまよっているのが初心者で、逆に、ほとんど、「これしかない!」という、限定された体とラケットの使い方(状態数=1)を体現しているのがフェデラー選手だと思えば良い。

 能では、先人が「これ」という状態を作り出すために、自由度を削ぎ落として磨いてきた動きが、幽玄な美しさを醸し出す。言わば状態数Wを限定してきた結果、伝統と呼ばれるようになった。言い換えると、エントロピーを減少させ続けてきた結果と言ってもよい。人が、いいなと思うものは、ランダムな状態ではなく美しい方向に自由度を削ぎ落とした状態なのだろう。テニスにせよ、能にせよ。

 何かを身に付けたいときは、この、エントロピーを減らすという視点を意識するとよいのかもしれない。取りうる状態の中で、どっちの方向に向かって状態数を減らしてゆくかの試行錯誤。まぁ、フェデラー選手も能楽師も、厳しい鍛錬の結果たどり着いた低エントロピーの技だと思うけれど。人生もまた、こうありたいね。老いるほどにシンプルに美しく、自由度を削ぎ落としてゆきたいものだと思う。まずは、余分な脂肪を削ぎ落とすことかな。

2019.9.6(金)
写真:ロジャー・フェデラー(2013年全仏オープン)

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Toshi's Profile

会社員(製造業・雇用延長)。元SE、元大学非常勤講師、元ロルファー。DIYと散歩とメモが趣味。Moleskineを持ち歩いている。愛知県岡崎市在住。
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