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科学考・その8~プランク定数と単位の深淵

time 2019/02/16

前回、1kgの定義がプランク定数を元にして決められるものに変わるという話題を取り上げた。その記事を書くとき、Wikipediaの「キログラム」のページに、”これはプランク定数がもはや実験値ではなく、定義定数となることを意味する。”と書いてあったのを見て、ん?と思った。昔、量子力学を学んだ時には、プランク定数は黒体輻射(熱から出てくる電磁波の波長を測る実験)やミリカンの実験(油滴実験じゃない方の、陰極に光を当てて電流を測る実験)などで測ることのできる実験値だったはずで、それを「定義する」ということに対する違和感だった。その時の私は、新しい1kgの定義では、プランク定数の測定精度が上がれば、1kgの定義の精度も上がってゆくものだと理解していた。しかし、上の記述を見ると、どうもそうではないらしい。

そもそも、プランク定数は、光のエネルギーと振動数の間の比例定数(=1Hzの光のエネルギー)という、自然の性質そのものを表す量なので、人が定義できるようなものではないはずである。今回の重さの定義のために、プランク定数(通常hと書く)は、不確かさを持たず、正確に
h = 6.62607015×10−34 (*)
と定義されると言う。つまり、プランク定数は、有効数字9桁の、
6.626070150000000000000…(5の後にどこまでもゼロが続く)×10−34
という、自然界にあっては極めて不自然な数として定義されることになる。1Hzの光のエネルギーがこんなキッチリとした値を持つはずがなく、精度の高い実験をすれば、9桁めの”5″の後には、ゼロでない何らかの値が続くはずである。そう思うでしょ?

 それで、このもやもやを、「プランク定数」という言葉の問題なのだと理解することにした。つまり、プランク定数は、もはや1Hzの光のエネルギーではなく、それに近い有効数字9桁の「定数」であって、一方黒体輻射の実験で得られる計測値は、プランク定数に極めて近いが、1Hzの光のエネルギーを測って得られる、自然の性質を表す実験値である。その値は、技術が向上すれば、人が決めた9桁の「プランク定数」の有効数字を越えて、自然の持つ値に近づくはずのもので、もはやプランク定数と呼ぶべきではなくて、光子定数とか呼んだ方がよいのではないか。

 と、ここまで考えたものの、やっぱりその理解は浅はかなのかも知れないと気付いた。相対論によれば質量とエネルギーは等価なので、質量を定義するということは、エネルギーを定義すると言うことなはず。つまり、プランク定数を定義値にするということは、1Hzの光子のエネルギーを、曖昧さなく、(*)の値と定義することに決める、と言うことと同じではないか。更に言うなら、(*)の値に決めるのであれば、もっと簡単のために、曖昧さなく、”1″(1.0000000…)にしたほうがいろいろ便利なのではないか。そう言えば、素粒子論の本では、c=h=1として書かれたりしてたなぁ、と思い出した。

 では、エネルギーの定義とは何だったか、今一度思い出してみよう。再びWikipediaで恐縮だが、1ジュール(エネルギーの単位)は、
「1 ニュートンの力が、その力の方向に物体を1メートル動かすときの仕事」
と定義されていて、プランク定数のプの字もない。もし、プランク定数を定義値にすると言うのなら、エネルギーこそプランク定数で定義し直すところから始めたほうがよい。そうすれば、質量も、時間も力も、電磁気の量も、そこから再構築できるだろう。こりゃ、物理の教科書も全部書き直しやね。

 でも、世の中そんな話にはなってないし、多分私の浅学で、こんな単位の迷宮に誘い込まれることになったのだろう。そもそも、プランク定数は小さすぎるので、6.6でも7.3でも生きていく上では何も変わりはない。あぃや、プランク定数が7.3だったら、不確定性が1割も増すことになるので、世の中、今の姿じゃないのかもしれないな。もうじき役目を終える、パリ郊外に安置されてていると言う小さな金属の塊の、ずんぐりとした姿を思い出しながら、重さの単位と、自然の本当の姿について、もう少し思いを廻らすことにしよう。

2019.2.16(土)
日本国キログラム原器 産総研のサイトより(https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2017/pr20171024/pr20171024.html)

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Toshi's Profile

会社員(製造業・雇用延長)。元SE、元大学非常勤講師、元ロルファー。DIYと散歩とメモが趣味。Moleskineを持ち歩いている。愛知県岡崎市在住。
toshi@ueba.sakura.ne.jp
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